一生を荘厳するような歴史を実現する行動の学問を論ずるのは、効率的で実効性のある行動を確実に有機的に実行・実践することにより、思い描く理想を観念の幻想から開放し、ひとつ一つの現実の変革を達成することにある。そのギャップを常々実感してもなかなか怠惰な時流に流されにっちもさっちも行かず、ため息ばかりを先行させているようなそんな日常からの脱出を試みようとしている人間にとって、その原因が何によるのか気づいていない。
無駄なことを人生の大半を使って気づいたときには棺函に片足を突っ込んでいるというのではあまりに味気ないことではあるが、ふと気がつくと無意味な空想に終始しており、変革から逃避するかのような怠惰な日常の檻につながれ、空虚のみが残るだけであり、徒労であり、空転を繰り返すばかりである。
人生そのものが虚無とならないように、理想を現実に変革した歴史を刻印することこそ肝要である。
何でもかんでも実証主義というのも遊びがないという側面もあるが、遊びは放って置いてもどんどん沸いてくるもので、どう実証するかに心を砕くべきで、その建設のために心血を注ぐべきである。凡人にはそこのところが頭では分かっていても行動に結びつかないし理解できない。
大切なことは行動をいかに迅速に起こし、やるべきことをいかに実行し、達成・卓越性をどう実現するかだ。その源は、「情熱」と「度胸」だ。何ものにも畏れぬ強靭なパワーを爆発させ、自らの固く閉ざされたちっぽけな自分史を打ち砕くことだ。
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