2017年8月29日火曜日

ふと佇んで


後生大事にしていることの殆どが 
思い込んでいるだけで 
無意味で無価値であることが分かる
 
飾りの全てを取り去って 
素っ裸にして見つめてみる
 
取り繕ったり弁明したりしなくても 
厳とした自分がそこに在ることに気づく


(直観的にメモしたことをアップして、その後、思い込みや脳と心の風景を幾分吟味して、以下のように膨らました) 

この世に生を受け、生の証として残してきたものや今も求め続けて、つくり上げようと足掻いていることなど、後生大事にしていることの殆どが、思い込んでいるだけでお粗末な無意味で無価値なものであることに気づく。
 
「飾り(虚栄の虚構の造り物)」がサラサラと崩れ、煌びやかに見えるすべてを取り去って素っ裸にして見つめてみる。そこに見える地平に何が見えるのか。
 
ガラクタで飾られたポンコツ(機械)が、煙と蒸気を吹いて、重荷を背負い込み過ぎて身動きが取れず、実しやかな理屈を拵えて独り善がりの世界に埋没していても、方丈に屯して腐っていても埒が明かない。

 一喝されれば容易く潰れ、もとの木阿弥になってさえも気づかずに徒労を積み重ね、ふと立ち止まって佇んで、差し迫った死を疑似ってみる。深呼吸して息を殺して三本指で脈拍をとる。突然死はまだ来ない、恐らく当分来ない、まだ生きている。
 
取り繕ったり弁明したりしなくても厳としたものがそこに在るのに突然の消滅を怖がっている。杞憂かも知れないが消滅を怖れている。それでも動き続け働き続けて倒れるまで、生き続け働き続ける。途上とか無念とかの言葉を嫌っている。

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